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【新聞の記事】でみる・・・群馬・小6自殺で考えること

2010.11.18

群馬県桐生市の市立新里東小6年、上村明子さん(12)が自宅で首つり自殺をして、色々と私なりに考えることがある。

新聞等の記事を繋ぎあわせてみた。

明子さんの家族は派遣社員の父竜二さん(50)と母(41)、小4の妹(10)。家族によると、父親の仕事の都合で転居を重ね、08年10月に愛知県から新里東小に転校した。4校目の小学校だった。

 ■         ■

 09年4月 5年生に進級。父親によると、フィリピン出身の母が授業参観に訪れてから一部の同級生に容姿の悪口を言われるようになった。

 今年4月 6年生に進級。「臭い」「風呂に入っているのか」などと言われるようになり、両親に「どんなに遠い学校でも歩いて行く」と転校を訴えるようになった。両親は学校側にたびたび相談し、中学進学を機に引っ越すことも考えていた。

 9月14日 全国小中学校「いじめ実施把握アンケート」の依頼があったが、同小学校は実施をしていなかった。理由は12月初旬の人権週間にあわせて実施する予定だった。だから「実施していない」という記憶はない。
 
 9月18日 運動会。以後、明子さんのクラス(児童数39人)では授業中に児童がふざけたり、私語にふけるようになった。(学級崩壊しつつあった)

 同28日 担任(40代の女性教諭)は席の間隔を広げれば私語などがやむと考え、縦8列の席を6列に減らした。しかし児童たちは給食時、給食の班(5人程度)ではなく、席を移動して友達同士で食べるようになり、明子さんは孤立した。

 10月14日 担任は校長らに相談の上、再び席替えを実施。給食の班替えも行った。

 同18日 再び明子さんが給食で孤立するようになった。

 母親によると、勇気を出してクラスメートに「一緒に食べよう」と頼んだことがあったが「また、今度ね」と断られたという。

 同19日 明子さんが学校を欠席。

 同20日 再び欠席。担任が「あすは社会科見学があるから、出てくれるかな」と電話をする。

 同21日 社会科見学に出席した明子さんは一部の同級生から「なんでこういう時だけ来るの」「普段はずる休み?」などと言われ、泣きながら帰宅。また、別の教論が明子さんが泣きながら一人で給食を食べていると担任の校長に伝えた。

 同22日 再び学校を欠席。学校側はこの日、給食の班を廃止。全員を黒板に向かって食べさせた。夜、担任が上村さん宅に報告に行ったが、共働きの両親は留守で、インターホンの呼び出しに返事はなかった。

 同23日 明子さんは午前9時ごろ起床、朝食を食べた。妹と口げんか。その時に「学校だといつも一人ぼっち」「学校に行くなら死んだほうがまし」と母に言った。正午ごろ、母が部屋をのぞくと、母のために編んでいたマフラーをカーテンレールにかけ、首をつっていた。
      1時過ぎ家族から学校に連絡が入る。校長にかけたところ不在。午後、教頭、教員4、5人で病因にかけつける。なぜ校長がいないのかと聞くと「前橋に住んでいるからだ」という。校長が外出する事前の通告はない。校長は母と2人暮らし。固定電話の線を外していた。      
     
 同24日 朝、学校から校長の携帯にやっと連絡がついた。

 11月8日 いじめは無かった。両親の主張により聞き取り調査の結果、いじめはあったと認めた。しかし、自殺との因果関係を認めなかった。

 11月17日 いじめと自殺の因果関係を認めた。

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 明子さんの遺書は見つかっていない。しかし10月26日の告別式後、自殺直前に描かれたとみられる漫画が自宅で見つかった。タイトルは「やっぱり『友達』っていいな!」。同29日に見つかった愛知の元同級生にあてた手紙には「中学になったら大阪に行くんだ。だから愛知県を通るかもしれない。できたら会いに行くね!」とつづられていた。

 一方、自室に残されていた5年の林間学校時の集合写真には、同級生15人の顔にボールペンの先のようなもので「×」印がつけられていた。「もしもひとつだけ願いがかなうなら?」との質問が書かれた市販のプロフィル帳には「学校を消す」と書かれていた。

 明子さんの小学校は学区内に農村と新興住宅地が混在する。6年生は2クラスだけで、児童の一人は「上村さんをいじめるグループがあった。上村さんは『ちょっとどいて』『あっち行って』と言われ、悲しそうな顔をしていた。注意する人はいなかった」。別の児童はこうも言う。

 「いじめの中心になる子が何人かいて、ほかの子は何をされるか分からないから逆らえない。クラスはバラバラで学級崩壊みたいな感じだった」


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 さて、新聞の記事をつなぎ合わせてみたが、ココでの疑問はなぜ先生は明子さんととことんお話をしなかったのだろう。どうもこの記事を見る限りではとことん話し合った様子がなく、学級崩壊をしていても学校中が取り組んでいた様子も伺えられない。


コミュニケーションの大切さを教えなければならない教育現場がコミュニケーションを軽視して現象だけを捉えて繕っているようにしか思えない。この事が私は腹が立つ。


また、父が派遣社員。母がフィリッピン。ここで大人の間でも差別があったのだろうか?


これは子供にうつる。


子供のいじめは親の世界の鏡である。私たちも気をつけなければならないと思っている。


ロハス村                      村長