マシュマロテスト
日経の「やさしい経済教室 神経経済学で脳に迫る」?(大阪大特任准教授 田中沙織)で面白い記述があった。
スタンフォード大で行われた「マシュマロテスト」という実験を紹介しよう。これは4歳児にマシュマロを1つ渡し、実験者が部屋を数分空ける間に食べるのを我慢したらもう1つあげるといって、子どもたちの行動を調べた実験である。10年後の追跡調査で、最終的に20分待って2つもらったグループは、すぐに1つ食べたグループより、学業面ですぐれ、健全な対人関係を築いていたことが報告されている。このことは時間遅れでやってくる報酬の大きさと、その時間の遅れ方の双方を正しく予測し、その適切なバランスをもとに行動を選ぶことは、社会的成功を収める上で非常に重要であることを示している。
でもマシュマロをすぐ食べちゃうか待てるかというのは、生まれつきの性格のような気がする。それで将来の社会的成功が決まっているというのは、すぐ食べちゃう子にとっては救いのない話である。気になってちょっと調べてみる。
マシュマロ・テストを再現した様子を映したビデオがあった。
ライアン君の場合
メイシーちゃんの場合
気を紛らわそうと必死に耐えている様子がなんともおかしい。
ちょうど5月18日付のNew Yorkerに、1960年代後半に行われたこのマシュマロテストの被験者だった人たちや実験を主催した当時スタンフォードの教授だったWalter Mischel(現在はコロンビア大学教授)についての記事が載っていた。
("Don’t! The secret of self-control" by Jonah Lehrer )
以下、一部の抄訳==
マシュマロ・テストを受けた現在44歳のキャロリン(Carolyn Weisz)は実験の直接の記憶はないものの、たぶん待てたと思う、と語った。一緒に参加した彼女の1歳年上の兄のクレイグは待てずに食べてしまったと記憶している。たいていの子はクレイグのように、平均3分ともたなかった。被験者の約30%はキャロリンのように、実験者が戻ってくるまでの15分、報酬を待つことができた。
高校生になった被験者たちを追跡調査すると、15分待てた子は、30秒しか待てなかった子に比べS.A.T.(大学進学適性試験)のスコアが平均210点高かった。
30代後半になった被験者たちの追跡調査では、子どものころ待てなかった人たちはBMI(=肥満度)が高く、過去に薬物の問題があった可能性が高いという結果が出た。しかし自己申告に頼っているため、実態とのギャップを懸念したMischelと協力者のチームは、被験者たちにスタンフォードに数日間来てもらい、fMRIを使った実験をすることにした。キャロリンは今年の夏に実施予定だ。もしこの実験が成功すれば、セルフ・コントロール(自制心)の神経回路の概要を明らかにすることができる。長年、将来の成功を予測するときの最も重要な指標は知性だと思われてきたが、Mischelは自制心のほうが重要だと考える。
では何が自制心を決めるのか?何百時間もの観察の結果、Mischelは「集中力の戦略的配分」がきわめて重要という結論にいたった。忍耐力がある子どもたちは、マシュマロのことで頭がいっぱいにならないよう、目を覆ったり、机の下でかくれんぼをするふりをしたり、セサミストリートの歌を歌ったりしていた。欲望がなくなったわけではなく、単に忘れられただけであった。マシュマロがどんなにおいしいだろう、なんて考えていたら、食べてしまうに決まっている。Mischelに言わせると、「ポイントは、最初からそのことを考えないようにすることだ」。
大人では、この技能をよくメタ認識と呼んでいる。考えることについて考える、ということだ。これによって欠点を補うことができる。意思の力をこういう視点で見ると、マシュマロテストの予測力の高さも説明できる。目の前の欲望に上手く対処できれば、テレビを見る代わりにS.A.T.の勉強ができたり、退職後のために貯金することもできる。マシュマロだけの問題ではないのだ。
差異は生後19ヶ月くらいから観察できる。母親から一時的に引き離されたときの幼児の反応を見ると、すぐに泣く子と、おもちゃで遊んだりすることで不安をまぎらわすことができる子がいることに研究チームは気づいた。同じ子たちに5歳でマシュマロテストを実施してみると、すぐ泣いた子は、マシュマロを我慢するのにも苦労することがわかった。生まれつきの性格のように思えてしまうが、Mischelは安易な結論には反対だ。「氏と育ち」を分けて考えることは、「性格と状況」の区別と同じくらい重要だと言う。例えば、貧しい環境の中では、「報酬を先延ばしにして受け取る」訓練があまりできないかもしれない。訓練の機会がなければ気を紛らわせる方法を身につけることができず、「遅延戦略」も開発されず、習性となることもない。パソコンの使い方を覚えるように、心の使い方も試行錯誤で覚えるのだ。でもMischelは近道を発見した。子どもたちにちょっとしたコツを教える。例えば、おかしはただの絵で、見えない額が周りにある、と思うだけで、自制心が驚くほど改善した。60秒待てなかった子が、15分待てるようになった。意思の力とは、単に集中するものや考えをコントロールすることだと気付くと、どんどん改善していける。
さて、40代の大人にマシュマロテストではあまり意味がないので、違う手法で意思の力を測ることにした。子どもがマシュマロを食べるのを先延ばしできる力は、要するにマシュマロのことを考えないようにする力と同じということにし、被験者のワーキング・メモリーの中身をコントロールする力を測定することにした。調査では、4歳の時にあまり待てなかったグループはタスクの成績も劣るという結果になった。残る大きな問題は、これがfMRIで感知できるかどうかである。
KIPPというチャーター・スクールの組織の協力を得て、Mischelたちは4歳から8歳の子どもたちに、複雑な心理的概念を導入しようという実験的試みをしている。マシュマロテストのビデオを見せるなど、ほんの数回のセッションで、子どもたちは目の前の欲望に対する対処法がかなり改善する。ただ長期にわたって効果的かはまだいえないそうだ。もっとも難しいのはコツを習慣にしていくことであり、何年もの訓練を要する。親の役割が重要なのだ。Mischelに言わせると、夕食の前にお菓子を食べないとか、おこづかいを貯める、といった子どもの頃のなんでもないような習慣が、実は認識の訓練になっている。
==抄訳終わり